先日、もうすぐ60代になる私がこれまでの人生で後悔していることを紹介しました。
今回はその中の「節約しすぎた」についてもう少し詳しくお話しします。
なんのために節約をしたのだろう
中学生の頃から「欲しいもの・やりたいこと」があったけれど、実家が経済的に恵まれていなかった(要するに貧乏だった)ので、夢を見て、「大人になったらじゃんじゃん働いて夢を叶えるんだ!」と決心していました。
その頃から貯金はしていて、たまに親戚にもらうお小遣いをせっせと貯めていたのです。
いや、貯めるだけならいいのだけど、「歩けるところは電車に乗らずに歩く」などで節約。
大学生になってからは奨学金&バイトで目標に向かってせっせと貯金&節約。
節約してお金を貯めて、自動車学校に行って免許証を所得したのは良いのですが、節約のあまりに友人らと旅行をしなかったのは本当に残念。
夢に向かってお金を貯めるのは良いけれど、節約ばかりして、若い時にあまり人生を楽しんでいない。今頃になって、「私って色々と経験していないことが多いなあ」と残念に思います。
本当に節約になっていたのか?
今でも覚えている高校生時代の「やらなかった方が良かった節約」は、コンサートに出かけた帰り、母親に「帰りの列車に乗る前に電話すること」という約束を、電話代節約のためにしなかったこと。
どれだけ両親を心配させたんだ?私。
スマホのなかった当時、それでも10円で公衆電話から電話できたはずなのに。その時間もあったはずなのに。
たった10円のために親に心配をかけるって…
節約といえば、先日やましたひでこさんの「モノ・人・心の悩みが消えていく 断捨離道場」を読んでいたら、
フリーザーバッグを洗って干して何度も使ったり、小さなゴミ袋が慢杯になるまで捨てるのをためらったり
という箇所が出てきて笑ってしまいました。そうです、私もやっていました。
その他にもよく言われる、「1円でも安く売っているスーパーを目指してスーパーのはしご」など。
いくらその時の私は時間を持て余していたとはいえ、これらは
不要なエネルビーを消費
していたんですよね。
今のようにネットで小遣い稼ぎなんて出来なかった時代とはいえ、数円の節約のために1日中走り回るより、勉強をすればよかった!
これらのことで節約できた金額はほんのわずか。
その時にしかできないことをすればよかった
旅行をしても、安いレストランに入って、その地の名物ではなくてどこでも食べれるものを食べたり、美術館の入場料が高いと入るのを諦めたり。
多分、その時はその時の自分がこれからもずっといるのだと思っていたのでしょう。
「今は節約して、今度来た時にしよう」と思ったこともたくさんあります。
気がついたらシニア世代で、あの頃のような体力がある自分、すばしこく動ける自分はどこへやら。
60代には60代にしか楽しめないことがあるけれど、同じように20代の時にしか出来ないことも多いのに、なぜか
「銀行の通帳に記載された預金額が減るのが辛い」
私だったのです。
その貯めていたお金もコロナ禍でぶっ飛んだわ(涙)
なんのために我慢して節約して貯金したのかな?
節約して貯金していたからコロナ禍でも生き延びれた、といえばそうだけど、節約もほどほどにして人生を楽しんだ方が、それを元にまた貯金をすることが出来たかも。
浪費もよくないけれどね。この不確実な時代に。
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