断捨離、片付けを始めた頃は「これは終活なんだ」とは思っていませんでした。が、60代を目前にして、さらに友人を亡くしてからはいつか訪れるこの世を去る日のために片付けをしておこうと思うようになりました。
いわゆる「終活」の一つです。
不要品を手放し始めた頃は「綺麗な家に住みたい」だけが片付けの理由だったわ
そんな私が、本日「デス・クリーニング」という言葉を知ったのです。
デス・クリーニング(Death Cleaning)=終まいじたく
デス・クリーニング、直訳すれば「死の掃除」ですが、恐ろしいことではありません。
スウェーデン人のマルガレータ・マグヌセンの著書で有名になった言葉で、その著書は2018年に邦訳が出版されているので既にご存知の方もいらっしゃると思います。
マルガレータ・マグヌセン「人生は手放した数だけ豊かになる: 100歳まで楽しく実践!1日1つの“終いじたく” 」
私はこの本は読んだことがないのですが、とあるドイツ語ニュースサイトでこの本の存在を知りました。以下、ここで書く「デス・クリーニング」については、そのサイトから得た知識に基づきます。
私がなぜ終活として片付けをしているのか
これまでこのブログで何度か書きましたが、私が片付けを「終活」として意識するようになったのは
70代だった友人がモノをたくさん残したまま亡くなり、その友人のご主人が遺品整理でとても苦労をしているから
です。
我が家も以前の住人の持ち物が残っていて、処分にとても苦労したわ
特に日本語の本(私以外は読めない)や女性用の衣類(私以外の家族は男性)は私がいなくなると誰にも使ってもらえません。
私の友人のケースもほぼ同じ状態で、友人のご主人は不要になってしまった本、楽譜、衣類の処分に大変困っておられるのです。
私が多くのモノを残したまま亡くなったら、残された人が大変!
自分の死と残された人のことを考えて自分がハッピーになる
デス・クリーニングでもモノをたくさん残したまま亡くなると、遺族が片付けなければならないから大変だと述べられています。
「お気に入りではない物を集めるのはやめましょう。いつの日か誰かがそのモノ全てを片付けなくてはならなくなるのです」
「必要のないものは手放そう。私たちが気に入らないものや重荷は、残された人にとって処分することがとても大変な仕事になります!」と。
要するに「残された人のことを考えた片付け」ですよね。
これまでは遺品整理が大変困難なものにならないように、としか考えてこなかったけれど、「この山のようなガラクタはゴミにしかならない」と思うようなモノばかりを残しておくのは家族にとってはもちろん、そんなガラクタに囲まれて残り短い人生を送る私も気の毒ですよね。
遺品を整理することになる家族はもちろん、自分の残り短い(あと何年あるのかわからないけど)人生を考えると、やはり
- お気に入りのモノだけに囲まれたい
- 誰にも見られたくないものはこの際処分しておきたい
心残りなく人生を楽しむにはサクッと「デス・クリーニング」しておこうっと。
思い出の品は最後に整理するけれど、
私は手紙の類は「この箱に入っている手紙は全て古紙回収容器にこのまま捨ててよし!」と家族に伝えているの。(そのように整理したよ〜)
いつかは来る「死」を考えると人は前向きに生きるようになる、と言いますよね。いつまでも人生が続くわけではない今、毎日をぐだぐだと無駄に過ごしたくない!
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