数年前に大掛かりな片付けをして、家の中はスッキリ。
…と言いたいところなのですが、普段目につかない屋根裏や物置にはまだまだモノがある、と思いついて、再び大掛かりな断捨離、片づけに取り掛かっています。
先日は屋根裏に放置してあったモノを全て取り出し、手放している最中。
屋根裏に置いてあるのは、ほとんどのモノが数年以上放置してあるものなので、このまま捨てても構わないモノであるはず。
なのですが、そのまま全てのモノを入れるゴミ箱があるはずもなく、資源ごみや粗大ゴミにしなくてはならないものもあります。
そして、いくら長期放置していたものとはいえ、捨てられないものもあります。(クリスマスグッズなど季節ものは必要のない期間は屋根裏に保管していた)
屋根裏にあった箱を1つ1つ開けて中身を確認して分類します。
- 手放す、手放さないに分ける(保留も)
- 手放すもので、捨てるものを分類
- 捨てるものは資源ごみなど分類
- 粗大ゴミのために粗大ゴミ回収の予約をとる
これらの作業を行っているのですが、意外にも大変!
大掛かりな片づけには慣れたから楽勝、と思っていましたが、油断していました。
片づけは疲れる!

使わないモノを保管するのはモノにとって失礼だ〜屋根裏を片づけた
先日、屋根裏とガレージの片づけをしました。すると…出るわ、出るわ!不要品が出るわ。この家に引っ越してきた時、息子はまだおもちゃで遊んでいたので、その時のおもちゃ。それから学校で作ったもの、読まなくなった本や使わない家電などが山!のように…
片づけが疲れる理由
どうして片付けは疲れるのか、その理由が今回、明確になりました。それは
「残すか残さないかの判断」と「モノを分類して所定の場所に移す作業」、つまり
片づけは頭と体力の両方を使う作業だから
です。
今回の作業は
頭
- すでに6年くらい前に大掛かりな片づけを行った後で、残っているものはどれも「(多少は)気に入っている」ものばかり
- 明らかなゴミがない
- 手放す、手放さないの判断が大変
- 片づけ以外の悩み事がある状態
体力
- 数年前はまだ50代で今より体力があったのに今はない
- 数年前はコロナ禍で他にすることがなかったので片づけという作業は暇つぶしにもなったのに、今回は多忙な中での片づけ
- ゴミとなるものはテラスに積み上げて置くことができたけれど、ゴミの一時置き場がない
- 大きなコンテナを借りてきた時は何でもそのコンテナに入れて捨てることができた時もあった(分類不要)
箱の中身を見ては「不要品はあるかな?」と考え、手放そうと思うものをもって階段を降り、という作業の繰り返し。

shirousagi
心も頭も体もめちゃくちゃ疲れました…
この、残すか手放すかの判断という作業(頭)とモノを動かす作業(体力)の片方だけでも結構辛いのに、片づけとはこの両方を行う作業なのです。
そりゃ、疲れるわね。

shirousagi
一気に片付けようとしない
手放すかどうかの判断は別の時にやっておく
といいかも
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