リビングの一等地にある作り付けの収納棚があまりにもごちゃごちゃしていて、しかも置いてあるものが見えるのに(見える収納)ほぼ100%モノで埋まっていたのです。
そこで、ここを「見える収納は5割」を目指して片付けをしています。
前回は料理のレシピ本などを片付けました。今回は音楽関係の本の片付けをしようと棚から本を取り出し、残す、残さない、場所を変える、と考えていましたが…
大学時代のテキストを大事に飾っていた
現在「見える収納場所」として片付けている棚の2段目と4段目に音楽関係の本が並んでいます。
そこで気がついたのです。日本からわざわざドイツまで運んだけれど、一度も開いたことがない本があることを!
それは
大学時代の教科書!

30年以上、一度も開いていない本よ…
どうして今まで教科書を本棚に飾っていたか?
全く開いていないので、もはや装飾品となっていた本でございます。
どうして今まで何度にもわたる「片づけ」の嵐も潜り抜けて、本棚にこれらの教科書が鎮座していたのか?
しばらく考えて出した私の答えは以下の通り。
- 専門書だから仕事で必要になるかもしれないと思った
- 自分が勉強した軌跡を残しておきたかった
- これからもこれを勉強するべきだと思った
- 「私、ちゃんと音楽を勉強したのよ」と見栄を張るために必要な本だった
特に最後に挙げた「見栄を張るため」です。
30年以上全く開かなかった教科書というのは、音楽の「和声学」のテキストです。
実は私、音楽は勉強したけれど、和声学は苦手だったのです。それでも「和声学をもっと勉強しなくては!」と思って30年以上。そして、この教科書が手放せなかったのは、それが多くの音大などで必修のテキストとして使われているから。

つまり、このテキストを持っているということは
ちゃんと大学で音楽を勉強した、と証明できると思ったわけ
今後勉強するつもりは…ない!

収納面積のほぼ100%がモノで埋まっていたこの収納棚。
見栄のためだけに保管してあった装飾用の和声学のテキストはコーヒー豆の袋の後ろに隠れていました。

このテキストに全く興味を持っていないと言うのがよくわかる…
5冊ほどあったこの教科書、手にとって「手放すか?」しばらく考えました。
私がまだ若かったらとりあえず手元に残すでしょう。専門書は決して安くない。しかも日本語の本なので日本に行かないと手に入らない。まだまだ音楽の勉強をしたいと思うかもしれないし、必要になるかもしれない。
だけど、私はもう60代です。これからは好きなことをして過ごしたい。
- これから和声学の勉強をしたくなると思えない。(他に勉強したいことが山のようにある)
- 大学のテキストなので、わかりやすくは書かれてない(本屋に行けばもっとわかりやすいテキストはたくさんある)
- 見栄を張るためだけに飾るのはやめたい(掃除などの仕事が増えるだけ)
- 日本語なのでこれから先、家族でもこの本を読む人はいない
- 書き込みが大量にあるので譲ることもしたくない
もし和声学の勉強をしたくなったら、私にとってもっとわかりやすい本を買った方が良いし、短い人生、「これをしなくっちゃ!」より「これを学びたい」ものを勉強したい。
人に譲るには書き込みが多いし、フリマアプリで売るのも躊躇われる。家族にも役に立ちそうにない上、私はもうシニア。
手放すかどうか数日考えてしまったけれど、手放すことに決めました。
本なのに?と思われる人もいるだろうけれど、本であっても読んでもらえない本。遅くとも私があの世に行けば、この本は古紙回収容器に入るのは目に見えている。

私にとってはこの教科書、断捨離ブロガーの筆子さんが言っている「野望ガラクタ」なのよね
手放そう!
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