もう「終活」を考えなくてはならなくなっているshirousagiです。
私はミニマリストではありませんが、(このブログでも書いている通り)毎日のように断捨離という名の不用品処分を行い、できるだけ家の中に物が溢れないようにしています。
最近は物を必要以上にたくさん持たない、断捨離をする、というのが流行っていますが、物を捨てるのには痛みが伴う、という人も多いかと思います。
実際、私もつい数年前までは「もったいない!」とばかり思っていました。家族はいまだにそうです。
が、人生、色々経験していくうちに
- 物を沢山必要以上に所有していていも仕方ないなあ
- お金はできれば経験に使って、物ばかり購入しても無駄だなあ
と思うようになりました。
今回は、そんな私が、海外暮らしをしているが故に「物を溜めやすくなった理由」「買い物をしやすかった理由」と海外暮らしをしているが故に(おそらく・・・)「物を捨てやすくなった理由」「買い物をあまりしなくなった理由」を紹介します。
ドイツに住んでいるから物を捨てるのが苦手だった理由
ドイツに住み始めて、気がついたら30年以上になっていました。30年前と今では世界がかなり変わってしまいましたね。
つい20年くらい前までは物を捨てられなかった私です。
日本にいつ帰れるかわからないから、ドイツで手に入らない物は捨てたくない
サイズのあう衣類、日本食の食材、日本語の本、日本のドラマなどを録画したビデオといった物は、たとえ1年使っていなくても、賞味期限が切れていても、「捨ててしまったら、もう手に入らないかもしれない」とか、「日本人への良いプレゼントになる」と思い捨てる事が出来ませんでした。
衣類でも、自分にあう色やデザインでなくても、「このサイズだとドイツではなかなか手に入らないから」と保管。
ほとんどの物が日本に一時帰国した時に買った物やもらった物です。またはドイツで日本人の方にいただいた物でした。
また、お弁当についている醤油などの調味料ですら、余ったものは日本からドイツまで運んでいました。
たとえ値段が高くても、ドイツで手に入るチャンスがあると、買って、大事に保管
特に日本語の本や日本語のテレビ放送には飢えていて、高価でも(日本での定価より3倍くらいはしました)、内容が特に自分が好きな物でなくても、チャンスがあれば日本語の本を買っていました。ビデオは日本に住んでいたら見ないような番組のものでも、手に入れば大事に保管していました。
ドイツに住んでいるからか、物を手放すのが楽になった理由
以前は日本人があまり住んでいない地域とか、アジア食料品店がない町に住んでいたから、というのもありますが、本当に狭い家にごちゃごちゃと物があり、大事な和食の食材が勿体なくて(次はいつ手に入るかと心配)なかなか使えず、「もったいない!」ばかり思ってくらしていました。
が、人生、物を沢山もっていても仕方ないなあ・・と思う事がありますね。
実家が取り壊しでせっかくためた物が全てなくなった
スーツケース1個でドイツに渡り、学生時代にせっせと集めた書籍や楽譜、小物類も実家に置きっぱなしにしていました。
大量の本はお金のない学生時代に苦労して手にいれた物だったので、なんとかドイツに持って行きたい、と思っていました。が、書籍は重く、企業の駐在員でもない、個人の私が海外引越し便を使えるほどのお金はなく、郵便で書籍扱いでも結構な郵送料がかかる事がわかり、なかなかドイツまで運ぶ事が出来ずにいました。
数年間ほど日本の実家に私の物を放置しているうちに、実家の家は取り壊されることになってしまいました。家に置いてあった私の物も楽器も全て建築物である家と一緒に取り壊しとなり、捨てられることになりました。
大事にしていた、大好きだったおじいちゃんにもらった手紙の類、卒業アルバムなど全て無くしました。
専門書だけでも取りに、すぐに日本に帰りたかったところですが、お金のない若い時のこと。しかもフライト代は昔の方が高かったのです。実家取り壊しまでに日本に帰るのは無理だとわかり、日本にある物は手放すことに、強制的になりました。
私の場合は自然災害ではなく、住んでいた親の健康状態と実家(借家)の持ち主の都合でしたが、自然災害でいきなり物を失った方もいらっしゃるかと思います。したくはないですが、こういった経験をすると「物は永遠ではない」と実感させられますよね。
経験や頭の中に入れた知識、身に付けた技能はいつでも自分の周りにある
自然災害や戦争などは起こって欲しくありませんが、何が起こるのかわからないのが人生です。
一気に自分の物を失うと、物って所有していてもなくなるかもしれない。けれど、経験や技能はいつだって自分の体の中にあるから、場所も取らないし、なくなる事がないなあ・・と実感して
お金はできれば経験や習い事に使いたい、と思うようになりました。
講義やレッスンなどを受けても、私はあまりメモや録音をしません。なるべくその場で覚えてしまう様にしています。
どうしてもメモなしに覚えられそうにない事、しなくてはならない事はメモしますが、知識として入れたい事などはなるべく頭の中にぶち込みます!こうすると場所はとらないし、いつでも取り出せます。ただ、記憶の底に沈んでしまう事があるのが欠点ですが。
私がいなくなると日本語のものを必要とする人が家族にいない!から物を捨てるのが楽
我が家は、スラスラと日本語を読むのは私だけです。
いざとなれば、ネットで日本語が読める時代、とりあえず、日本語の書籍は私がいなくなると誰も読まない、と思って良いでしょう。
また、私しかしない趣味のもの、それらは自分がいなくなったら、残された家族が捨てるのに苦労するだけです。
自分はもう使わない、と判断していればすぐに処分出来ますね。
という訳で日本語の本の多くを寄付や友人に差し上げました。子供が、孫が読むかも、使うかも、がないので、勢いよく捨てられた私です。
ただいま、ドイツ人の友人が引越しで物を片付けています。彼女、「この家で全く使わなかった物は全て処分したわ!」と清々しい顔をしていました。
条件の良い職場を見つけて、新しい人生をスタートさせる彼女。ちょっと若いのが羨ましいな〜とも思ってしまったshirousagiです。本日は本7冊処分しましたよ!
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