ピアニストで指揮者のアシュケナージ氏が引退しました〜私にとって思い出の多いピアニストです

コンサート・オペラ

先日、(2020年1月17日)、旧ソ連出身のピアニストで指揮者のウラディーミル・アシュケナージ氏が引退を発表しました。

このブログは特に音楽ブログではないのですが、私にとって色々と思い出の多いピアニストでもあるので、今日はアシュケナージのコンサートに行った事などを綴りたいと思います。

クラシック音楽に興味のない方も、よかったら、気楽に読んでいただけると幸いです。

ピアニスト、後に指揮者としても活躍したアシュケナージ

少しだけ、アシュケナージさんについて。

彼は1937年、当時のソ連のゴーリキー(現在はニジニ・ノヴゴロド)生まれ。6歳でピアノを始めます。9歳の時にモスクワ音楽院附属中央音楽学校に入学。

1955年にショパン国際ピアノコンクールで2位受賞、
1956年にはエリザベート王妃国際ピアノコンクールで1位を受賞、そして
1962年にはコック際コンクールに出場し、ジョン・オグドンと優勝を訳あっています。

1961年にモスクワ音楽院に留学していたアイスランド出身のピアニストと結婚。この女性はアイスランド国籍からソ連国籍へ変えるほど、当時は「外国へ移住」をかんがえていなかったアシュケナージ夫妻が1963年にロンドンへ移住します。

1970年頃から指揮者としても活動を始め、2004年にNHK交響楽団の音楽監督に就任しているので、アシュケナージの指揮の音楽を聞かれた方も多いのではないでしょうか?

音が綺麗だと全て許されるような・・・

私がアシュケナージさんのピアノ演奏を初めて聴いたのは、ラジオでのあるコンサートの中継放送でした。

誰が弾いても同じ音が出る、というのは違う、と頭ではわかっていても、その当時、金銭的理由でピアノのレッスンを受けることができなかった私は

「ピアノなんて・・・だれが弾いても同じ音よ・・」

と少々ひねくれて(?)いたのですが、音楽は好きだったので、いつもラジオでのコンサート中継は耳を傾けていました。

そんなある日、聴いた、アシュケナージのピアノリサイタルでの彼の音。

一言でショックでした。「き、綺麗・・・綺麗すぎる!」

実にクリアな音で優しい。けれどはっきりしている。

「ラジオで聴いてこれだけ綺麗だとわかるのだから、コンサート会場で生の音を聴いたら、本当に素晴らしいのだろうなあ。やはりピアノって良い楽器だ・・・弾き手によって音がこれほど違うなんて・・・」

当時高校生だった私が小遣いをためて、地方都市まで来てやってくれたアシュケナージのリサイタルに行って、その音の素晴らしさに感激したのはいうまでもありません。

リサイタルの後のサイン会にももちろん並び、持参した色紙にしてもらったアシュケナージのサインは今も私の宝物の一つです。

ラジオでの演奏であまりにも(良い意味での)ショックを受けたので、お礼を込めて、ちょっとしたプレゼントを(花束ではなく)渡したら、ニッコリと笑って受け取って下さいましたが、その様子が本当に優しい、人格の良い方なんだろうな・・と思わせてくれました。

後、ピアニストの清水和音氏が「アシュケナージは素晴らしいピアニストだ。たとえ音が綺麗だと音楽の解釈が違っても、何があっても許される」(と言ったような趣旨)の事を発言されていましたが、同意です。

アシュケナージの音楽解釈は奇をてらう物ではなく、あまり派手さはなく、オーソドックス、といえば、そうだとも思いますが、綺麗な音、以外の魅力も彼の演奏にはあります。

その当時、社会主義国で育つという事

ところで、今回、アシュケナージが音楽活動から引退する、というニュースを聞いて、ほぼ30年ぶりに手にとった本があります。

それはこれ。「アシュケナージ 自由への旅」ジャスパー・パロット 著

1984年に出版(日本語版は1985年)された本なので、現在は絶版のようです。

これが書かれた当時はまだソビエト連邦が存在し、共産主義国が存在し、まさかベルリンの壁が崩れる時がくるとは誰も思っていなかったのです。

メディアでのインタビューなどがあまり好きではなく、伝記を出版するなどとはもってのほか、だと思っていたらしいアシュケナージが、このような自身についての本の出版に同意したのは、自分が生まれ育ったソ連という国のシステムを知ってもらいたかったから、のようです。

日本や西欧に住んでいると当たり前の「知的、芸術的、個人的自由」が、当時のソ連にはなかったのですね。私たちはこれらの自由を当たり前のように持っていますが、その「当たり前」は当たり前ではなかった、これから、また当たり前ではなくなるかもしれない危険もある、という事を認識するべきだと思います。

まだドイツが東西に分かれていた頃からドイツに住んでいる人間としては、共産主義の下での生活がどのようなものだったか、知人などから聞いています。が、若い人などは体験談を聞く事すら少なくなっているかと思います。これも徐々に風化されていってしまっているのでしょうか。

ドイツへの偏見を持っていた

私はドイツでもアシュケナージのピアノリサイタル、そして、アシュケナージとベルリン・ドイツ交響楽団のコンサートに行った事があります。

ピアノリサイタルはケルンのフィルハーモニー大ホールで満員の聴衆の前での素晴らしい演奏、ショパンとベートーヴェンのプログラム。アンコールが「エリーゼのために」だったのが印象的でした。

ベルリン・ドイツ交響楽団ではモーツァルトのピアノ協奏曲の弾き振り、カデンツァが自作、という演奏でこちらも素晴らしかったのを覚えています。

ベートーヴェンのピアノソナタなど録音も素晴らしいし、モーツァルトもよく演奏されている、そして、1989〜2000にはドイツのオーケストラ、ベルリン・ドイツ交響楽団の首席指揮者もされているのですが、

多くのロシア人同様、アシュケナージはドイツおよびドイツ人に対して複雑で矛盾を孕んだ見解を持ち続けている

だったのだとか。(現在は違うそうです)

その理由は歴史的背景。

それから音楽家としては、ドイツ語圏のドイツ、オーストリアではバッハやモーツァルト、ベートーヴェンといった作曲家の音楽を演奏しても、「弾けないだろう」とたかをくくられる、拒絶にあう、と言った事情からのようです。

よくも悪くもドイツ人って一般論でいえば保守的、そして、「自国のものが最高である」と思っているフシがないとは言えません。

ロシア人などにとって、ドイツの人々の前でドイツ物を演奏するのは結構なプレッシャーなのかもしれませんね。

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